西田さまへ。
ずいぶんと日がたちましたが、、明けましておめでとうございます。(旧正月ということで、、)今年も1ヶ月以上たちましたが、西田さんの小説はかなり進んだことでしょうね。お手紙に書いていた「1日も長くかけてよいものに近づく」という言葉が素晴らしいと感じました。
小説を書くことも、絵を描くことも、日常の積み重ねであって、ある興奮状態や、初期衝動がどうしたのとかからは(ある時には必要かもしれませんが、、)少し離れたところで創られているのでしょうね。いってみれば「シラフで積み上げる創作」ということになるのでしょうか?シラフとはまさに日常ですから、そのなかで集中することこそが、実は大変難しいことだし、だからこそ、根元のしっかりしていない妄想にからめとられることなく創造できるのでしょうね。
河合さんのお話、、「生きがいもないのに生きるしんどさ」それを考えると難しい問題ですが、現代では考えないではいられない問題の1つですよね。先日のこと、ボクは生徒の1人と話していたのですが、その生徒は「今までにおもしろかった、、と感じる思い出があまりない」と堅くこわばった顔で話してくれました。それを聞いてしばらくたったある日、家で掃除をしていたら、自分の中学生の頃の卒業文集のようなものがでてきて、ボクが書いたものを読むと、そこには生徒が話す感じと同質の「心が堅くなっていた自分」を感じたのです。
まあ〜思春期だし、そんなこともある時期ではあるし、しかたないとは思いますが、それでもあのまま堅くなった心をほぐすことがなく成長していけば、、と考えると、今の創作する自分が生まれてきて良かったなあ、、と思います、、が、それでも自分のなかには「生きがいもなく生きるしんどさ」もあるのだということにだって気づかされます。やる気もなく、ただ日々をダラダラ生きることだって「しんどい」わけなのです。
ボクはこの1ヶ月間、そない調子よく生きているわけでもなく、どちらかといえば、ネガティブな気分が多く、かといって、現状を打開する行動もそないしていない状態です。そんななかで去年の暮れに亡くなった、おじのことを想うことがよくあります。ボクが小、中学生の不安定な頃にお世話になった人でしたし、できることなら幸せな最後を見届けたかったのですが、そこは微妙に違うものとなりました。
「死の扉」を前にして、人はきっといろんなことを想うのでしょうね。遺すもののことを想ったり、わがの人生を振り返りったり、あるいは痛みに耐えたり、孤独と向きあったり、、それは壮絶な時間でしょう。おじの死からいろんなことを教えてもらいました。死の扉へいくまでに、人はどれだけのことを学ぶ必要があるのでしょうか?あるいは次の生のために、何を学べばよいのでしょうか?「死んだらおしまいよ、、」そういう言葉にボクはあまり共感できませんし、それだったら芸術なんか必要ないじゃないか、、とも思います。おしまいなどはどこにもなく、それはおしまいに見えても1つの区切りであり、だからこそ、河合さんは11ヶ月間、眠る必要があっただろし、明恵上人もユング先生も、死夢を見ることを目標にされていたのだと思うのです。死の扉をくぐって、やっと始まる世界のために、、
最近読んでいる本のせい、やはり「死」というものを考える日々です。っていうか「死からのこと」を思い、ではそのために今からの人生をどう生きるのか?を学ぶ必要がある、、と思っているとこです。死の扉を前にして生きることはとても凄いことですね。扉を見ないように、あるいは忘れるために、そして愛するものと離別する苦しさや孤独から逃れるために、、文明はあらゆる娯楽を創ってきた、、とも考えられます。
ボクはライブなどでステージに上がる時、とても緊張した不安な心のまま裏の暗いところから、ステージの眩しい光の世界で出てゆく瞬間、「これは死の時のための予行練習?」なんて思っているとこがあります。あるいは幼い頃の弱虫だった自分を思うと、よくもこんな舞台に上がっていけるようになったなあ、、と感慨にふけることもあるのです。
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