西田から第7信

チャンキー、こんにちは。
先日はぼくの友達のやっている奈良のフレンチレストランにチャンキーの絵を貸してくれてありがとう。またそのために奈良まで足を運んでくれて久しぶりに会えてよかったです。そのときもおよそ六時間ほど話しました。でもいつものように話し足りない感じが残っています。今日はそこでの話を交えながら前回いただいた手紙の内容から考えたことなどを書くことにします。

前回は去年の大晦日に書いたわけですが、あれから早いもので二ヶ月も過ぎて、外は春の光に満ち始めています。ぼくは小説を書くことにようやくひと段落をつけました。完成というわけではないのですが、このあと第二試合をするのか、あるいは反省会をするだけなのか、今度は編集者の意見を聞きながら決めていくことになります。

小説を書いていた時間はほぼ四ヶ月でした。最初の頃は小説のなかに入り込むのに時間がかかり朝起きてもだらだらとやっていたのが、時間が経つにつれて朝起きるのも早くなり気がつくといつの間にか決まった時間に小説を書いているという規則的な生活になりました。

蚕が繭を作って自分を包むようにぼくは言葉という糸で物語という繭をつくり、自分を包み込んでいったような日々でした。そしていま、ぼくは繭からでて羽を持てたのだろうか。どうだろうか。それを羽といっていいのかわからないのですが、これまでなかった羽のようなものが生えたという感触はあるのですけど。

でもそれよりも繭のなかにいた時間がぼくの体や心に刻まれていることがぼくにとっては大きいようです。これは誰にも奪えない自分だけのものです。いいかえればそれがぼくなのだと思います。そう考えれば、たとえ羽がうまく開かなくても、開かない自分をきちんと生きさえすれば、それは開いたことと同じことであるのでしょうね。

先日チャンキーと話していたとき、共通の友人であるAさんが長丁場となる仕事を今回引き受けた話題がでましたね。Aさんは新しい仕事以外にも他の仕事を引き受けていくべきかどうかと悩んでいるようでした。新しい仕事はやりがいのある大きなもののようですが、これまでの仕事と少し傾向が違うところもあって、それにばかり打ち込んで自分のタッチが変わるのではないかと心配されているようでした。そこでぼくらはチャンスなのだから新しい仕事だけをやるべきだとほぼ意見が一致しましたね。

その後ひとりになって考えたのです。Aさんが悩んでいるのは新しい仕事、これまでの仕事といった選択でなく、これから始まることに不安な気持ちでいるということなんだ、ぼくはその不安な気持ちをどこまで理解してあげられるかが大切だったんじゃないかなと思いました。そのことで自ずからAさんの選択は決まってくるのでしょうね。

もしぼくがAさんに対して話す機会があれば、不安だよね、といえればとだけ思います。それは簡単なことのようでたいへんむずかしいことです。不安だよね、でも……とぼくはいってしまいたくなります。「でも……」をぼくはいわずにいれたらいいのですがなかなかできません。

人の不安に寄り添うことはむずかしいですね。おそらくAさんのなかにも、ぼくの「でも……」があるのでしょう。この「でも……」はどこからくるのか。河合隼雄さんは、「でも……」のところを隠さずにきちんと見ていた人だったのでしょう。そして「でも……」の「……」に流されて常識やあらねばならないというものに落ち着かず、不安だけをきちんと見つめていかれたのでしょう。不安を見つめていけば、「でも……」が変化するのでしょうね。不安を解消するために選択するのでなく、不安をどこまで生きられるかなのかなとも思いました。それはいまの自分のことに照らし合わせて考えてもそうなのでしょう。

 

たくさん話した話題のなかで、「潜水服は蝶の夢を見る」の話がでました。ぼくもあの映画を見ていろいろと考えさせられていたところでした。
じつはあのとき話さなかったのですが、最近ぼくは同じような状況に遭遇している方を病室に見舞ったのでした。その人は「潜水服」の主人公よりも体は動きますが、すでに二十年あまり呼吸器をつけて生活をされています。呼吸器をつけて生きるというのは機械さえ止まれば死んでしまうわけです。自分が生きているというよりも、機械の手によって生かされているということですよね。また首から下は動かないし、言葉も話せません。でもその人はぼくの話すことに笑顔で答えてくれます。口を動かすことと、漏れる息の音で言葉を伝えようとしてくれます。いまこうして書いているときもその人はそのようにして生きているわけです。ふたり部屋の病室の窓際のベッドに横たわって。
ぼくは「潜水服」のことを語る言葉をそれほど多く持っていないのと同じように、その人のことを語る言葉もまだ持てていません。

 先ほどの繭のなかに閉じこもるという言葉を思うと、比喩が比喩でない状況がどれほどのものなのか。羽が開かなくても生きていけるというのは特別な羽がなくても生きていけるということであり、ぼくらが当たり前だと思っている羽さえ持てないとき、それでもそんなことがいえるのか。その人の生に触れることで自分に突きつけられます。

 目の見えない人がぼくらの聞こえない音を聞き取るように、自由に歩いたり話したりできない人にしかわからないなにかがあるのでしょう。でも話すことができないその人はその思いを相手に伝える方法を取り上げられています。おそらく頭のなかではものすごい量の言葉や思いがあふれかえっているはずです。ぼくらはそのことに押しつぶされそうになったりしたとき、体を動かしたり、どこかへいったり、あるいはおいしいものを食べたり、欲しい服や本やCDを買ったりして紛らわせたりしています。紛らわせたりといいましたが、それで解決されることもあります。本質的なことは変えられないとしても。そして表現することと、表現を人に提供することでぼくは救われています。

でもそれを取り上げられても人は生きていかなければならない。それでもきっとその人だけの表現があるのでしょうか。あると思いたい。河合隼雄さんはなにも語らずこの世界から去っていきました。そして亡くなるときはもうこれでいくよというように決然とその日は逝かれたようです。死ぬことを考えることとは生きることの本質とはなにかを考えることなのでしょう。死ぬことと生きることは肉体がここにあるかないかで、ほとんど同じなのかもしれません。そんなことを考えるこの頃です。



2008/3/16  西田俊也